時間が足りない現場で、私が何度も立ち止まっている理由

2026年01月08日


時間は、いつも足りないものだと感じています。
経営をしていると、なおさらそう思う瞬間が増えました。
やるべきことは次から次へと出てきて、気づけば一日が終わっている。
そんな日が続くと、「もっと効率よく動けたのではないか」と、ふと考えることがあります。

ある日の夕方、机の上に積み上がった書類を前に、しばらく手が止まりました。
今日中に終わらせたいことは、まだいくつも残っている。
けれど、どれから手をつけるべきか、すぐには決められませんでした。
急ぎそうなもの、重要そうなもの、今でなくてもよさそうなものが、同じ場所に並んでいるように見えたからです。


そのとき感じたのは、「時間が足りない」のではなく、「時間の使い方が曖昧になっているのかもしれない」という感覚でした。
忙しさの中にいると、全部が同じ重さに見えてしまうことがあります。
本当は優先すべきものがあるはずなのに、それを考える余裕すらなくなってしまう。

私は、予定を詰めること自体は嫌いではありません。
むしろ、何も決まっていない状態のほうが落ち着かないタイプです。
ただ、予定やタスクが増えすぎると、「動いているのに前に進んでいない」ような感覚になることもあります。

忙しさに追われていると、時間を使っているつもりで、時間に使われているような気持ちになることもありました。


だから最近は、すぐに動く前に、少しだけ考える時間を取るようにしています。
今やろうとしていることは、本当に今でなければいけないのか。
それは自分でやるべきことなのか。
もし今日できなくても、何が困るのか。

答えがはっきりしないまま、動き続けることが一番もったいない気がしているからです。
時間は有限で、取り戻すことができません。
だからこそ、使い方にはその人の価値観がそのまま表れるのだと思っています。


私は、時間を「詰める」よりも、「選ぶ」感覚を大事にしたいと思っています。
すべてを完璧にこなすことよりも、何をやらないかを決めること。
それは楽な選択ではありませんし、迷いも生まれます。

それでも、限られた時間の中で何を大切にしたいのかを考えることが、結果的に自分自身を守ることにもつながるのではないか。
最近は、そんなふうに感じるようになりました。

まだ試行錯誤の途中です。
うまくいかない日もありますし、振り返って反省することも多いです。
それでも、時間の使い方を見直すことは、働き方や組織のあり方を考えることと、どこかでつながっているような気がしています。

今日もまた、完璧ではない一日の終わりに、少しだけ考えています。
明日は、何に時間を使いたいのか。
その問いを持ち続けること自体に、意味があるのかもしれません。


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