ミーティングの時間が、課題の芽を見つける場になっている気がしている

2026年01月19日


問題や課題は、目に見える形になってから現れるものだと、以前は考えていました。
トラブルが起きる。
数字に変化が出る。
誰かが強い言葉で困りごとを訴える。
そうなって初めて、「これは対応しなければならない」と動き出す。
そんな流れが当たり前だと思っていた気がします。

けれど今は、多くの課題はもっと手前に存在しているのではないかと感じています。
しかもその多くは、資料や報告書の中ではなく、人とのやり取りの中に潜んでいる。
最近は、そう思う場面が増えました。


あるミーティングで、話の本筋とは少しずれたところで、
ぽつりと出てきた一言がありました。
深刻そうな言い方ではなかったし、
場の空気を変えるような発言でもなかった。
その場では、流そうと思えば流せた言葉でした。

でも、その一言が、なぜか頭に残りました。
「今は大丈夫だけど、この感じが続いたらどうなるだろう」
そんな問いが、後から浮かんできたのを覚えています。

そのときは、まだ問題でも課題でもありませんでした。
ただの雑談の延長のような、何気ないやり取り。
けれど今振り返ると、あれは潜在的な課題の入り口だったのかもしれません。


ミーティングや日々のコミュニケーションは、
何かを決めるためだけの場ではないのだと思うようになりました。
進捗を確認する。
情報を共有する。
もちろんそれも大切です。

でも同時に、
言葉の選び方や、声のトーン、
いつもより少ない発言、逆に少し多すぎる説明。
そうした細かな違いから、
まだ表に出ていない変化を感じ取れることがある。
最近は、そう感じています。

潜在的な課題は、
「困っています」という形では出てきません。
「ちょっと気になる」「何となくやりづらい」
そんな曖昧な言葉や、言葉にならない間として現れることが多い。
だからこそ、普段から話せる場や、安心して言葉が出る関係性がないと、
その兆し自体が表に出てこないのかもしれません。


正直に言うと、
ミーティングを重ねれば課題が必ず見つかる、
そんな単純な話ではないと思っています。
形だけ整えても、表面的なやり取りで終わってしまえば、
潜在的な課題は見えてこない。

大切なのは、
「何を話しているか」よりも、
「どう話されているか」に目を向けることなのかもしれません。
話しやすそうか。
言い切れていない部分はないか。
少し遠慮したような間はないか。
そうした部分に意識を向けることで、
初めて見えてくるものがある気がしています。


私がミーティングやコミュニケーションを大切にしたいと思う理由は、
課題を早く見つけたいからというより、
大きな問題にしたくないから、という気持ちが近いかもしれません。

問題として表に出てから対応するのは、
どうしても負担が大きくなります。
人も、時間も、エネルギーも必要になる。
一方で、兆しの段階で気づければ、
少し話すだけで済むこともある。
調整だけで整うこともある。

その差は、思っている以上に大きい。
経験を重ねる中で、そう感じるようになりました。


まだ私自身、十分に早期発見ができているとは言えません。
気づけなかったことも、後から振り返って反省することもあります。
それでも、
ミーティングや日々の会話を「決める場」だけにしないこと。
小さな違和感が出てきたときに、拾える余白を残しておくこと。
それだけは、これからも意識していきたいと思っています。

潜在的な課題を早期に見つけ、対応すること。
その出発点は、特別な分析ではなく、
日々の対話と、そこに向き合う姿勢なのかもしれません。
今は、そんなふうに考えながら、現場と向き合っています。


カテゴリー


最新記事