2026年01月22日
時間は、使えば減っていくものだと思っていました。
一日が終われば、その日の時間はもう戻らない。
だからこそ、「足りない」「追われている」と感じるのは、仕方のないことだと、どこかで納得していた気がします。
けれど最近は、時間はただ減っていくものではなく、
扱い方次第で価値が変わる「資産」に近いものなのかもしれない、
そんなふうに感じるようになりました。
以前の私は、空いている時間を見つけては作業を差し込み、
細切れのまま一日を過ごすことが多かったように思います。
やることは進んでいる。
予定もこなしている。
それでも、一日の終わりに残るのは、
「忙しかった」という感覚だけでした。
振り返ると、時間を使っていたというより、
時間を消費していたのかもしれません。
意識を分散させながら、あちこちに少しずつ使っていた。
それでは、時間が資産として積み上がる感覚は、なかなか生まれませんでした。
あるとき、作業の時間をあらかじめ区切ってみました。
この時間は、このことだけを考える。
他のことは一旦脇に置く。
終わるかどうかよりも、「この時間をどう使うか」に意識を向ける。
それだけの、シンプルな区切りでした。
最初は落ち着きませんでした。
途中で別の用件が頭に浮かぶ。
「今のうちにこれも」と手を伸ばしたくなる。
それを抑えながら、決めた時間の中に留まる。
正直、楽ではありませんでした。
それでも、不思議なことに、
区切った時間の中では、考えが深まりやすくなった気がします。
限りがあるからこそ、
「今、何に集中するか」がはっきりする。
結果として、その時間が、後につながる感覚が残りました。
その経験から、時間は「使い切るもの」ではなく、
「積み上げていくもの」なのかもしれないと思うようになりました。
集中して考えた時間は、
後から振り返っても、判断や行動の土台として残っている。
一方で、散らかったまま過ぎた時間は、
何を残したのか分からないまま消えていく。
そう考えると、
時間はお金と少し似ている部分があるのかもしれません。
使い方によって、価値が増えることもあれば、
気づかないうちに目減りしていることもある。
だからこそ、どう配分するか、
どこに投じるかを考える必要がある。
最近は、そんな感覚を持つようになりました。
私が時間管理について考え続けている理由は、
もっと速く仕事をしたいからではありません。
むしろ、
限られた時間を、きちんと資産として残したい。
そう思うようになったからです。
経営の仕事は、
考えること、迷うこと、判断することの連続です。
その質は、
どれだけ長く働いたかよりも、
どれだけ集中して時間を使えたかに左右される。
今は、そう感じています。
まだ試行錯誤の途中です。
区切れない日もありますし、
時間をうまく使えなかったと感じる日もあります。
それでも、
時間は資産だと意識するだけで、
今日の使い方は少し変わる。
その積み重ねが、未来をつくっていくのかもしれません。
今はそんなふうに考えながら、
目の前の時間と、静かに向き合っています。


