論理的に考えるとは、頭の中を見える形にすることかもしれない

2026年01月29日


頭の中がうまくまとまらないと感じるときがあります。
考えていることはたくさんあるのに、どこから手をつければいいのか分からない。
一つ考え終わると、また別の考えが浮かんできて、全体像が見えなくなる。
そんな状態のまま話そうとすると、言葉も散らばってしまう気がしています。

ある場面で、説明をしながら自分でも「少し分かりにくいな」と感じたことがありました。
話している途中で、何度も行きつ戻りつしている感覚があった。
聞いている側も、きっと同じように感じていたのだと思います。
そのとき、言葉だけで整理しようとしていること自体に、無理があるのかもしれないと思いました。


私はもともと、考えるときに頭の中だけで完結させようとする癖があります。
順序立てて考えているつもりでも、実は要素が絡み合っている。
それに気づかないまま話してしまい、
あとから「結局、何が一番言いたかったのか分からなくなった」と反省することもありました。

そんなとき、ふと紙に書き出してみたことがあります。
きれいな図ではなく、走り書きのようなものです。
思いついた言葉を丸で囲んで、線でつないでみる。
すると、不思議なことに、
自分の中で混ざっていた考えが、少しずつ分かれていく感覚がありました。


図や表にしてみると、
「ここは同じ話を繰り返しているな」とか、
「この部分は、今は考えなくてもよさそうだな」といったことが見えてきます。
言葉だけで考えているときには気づかなかった整理のポイントが、
目に見える形になることで、自然と浮かび上がってくる。
そんな印象を持ちました。

視覚的に整理することは、
相手に分かりやすく伝えるためだけの工夫ではないように感じています。
むしろ、自分自身のための作業に近い。
頭の中にあるものを外に出して眺めることで、
初めて冷静に考えられるようになる。
最近は、そう思うようになりました。


言葉で説明しようとすると、どうしても順番に縛られます。
最初にこれを話して、次にこれを説明して、という具合に。
でも実際の思考は、そんなにきれいな順序では進んでいません。
行ったり来たりしながら、少しずつ形になっていく。
図や表は、その曖昧な状態を、そのまま受け止めてくれるような気がしています。

もちろん、毎回うまく整理できるわけではありません。
書き出してみても、余計に混乱することもあります。
それでも、頭の中だけで考え続けるよりは、
一度外に出してみたほうが、前に進めることが多い。
そんな実感があります。


私が論理的思考を大切にしたいと思う理由は、
正しさを示したいからではありません。
「ちゃんと分かってもらえたかどうか」を大事にしたいからです。
そしてその前に、
「自分自身が本当に分かっているかどうか」を確かめたい。
そのための手段として、視覚的な整理はとても助けになります。

仕事は、人と人の間で進んでいきます。
考えが整理されていないまま伝えると、
相手に余計な負担をかけてしまうこともある。
逆に、少しでも見える形にできれば、
同じ方向を見やすくなる。
そんな場面を、何度も経験してきました。


今でも、うまく整理できずに悩むことはあります。
図にしても、まだ足りないと感じることもあります。
それでも、考えを「見える形」にしようとすることで、
自分の思考に向き合う姿勢は変わった気がしています。

論理的に考えるというのは、
難しい言葉を使うことでも、完璧に説明することでもなく、
混ざっているものを、少しずつ分けていくことなのかもしれません。
図や表は、その手助けをしてくれる存在だと、今は感じています。

今日もまた、
頭の中が散らかってきたら、
一度、紙に書いてみようと思っています。
それが、私なりの整理の仕方なのかもしれません。


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