「常識」を疑うところから、判断は始まるのかもしれない

2026年02月05日


世の中には、たくさんの情報があります。
調べようと思えば、いくつもの考え方や選択肢に触れることができる。
私はこの「選べる状態」そのものは、とても大切なことだと思っています。

選択肢があるからこそ、人は自分で考え、決めることができる。
逆に言えば、選択肢が奪われたり、最初から狭められてしまうと、
考える余地そのものがなくなってしまう。
そのことには、いつも慎重でありたいと感じています。

一方で、選択肢が増えるほど、
「どう選ぶか」が難しくなるのも事実です。
情報が多いこと自体が問題なのではなく、
その中で立ち止まらずに受け取ってしまうと、
いつの間にか自分で選んでいるつもりが、
流されているだけになることがある。
最近は、そんな感覚を持つようになりました。


けれど、ある判断を前にして、
情報を集めれば集めるほど、迷いが深くなったことがありました。
ネットにはさまざまな意見があり、
本にもそれぞれの考え方が書かれている。
専門家と呼ばれる人たちの意見も、
必ずしも同じ方向を向いているわけではありませんでした。

その中で、
「よく言われているから」「みんながそうしているから」
という理由で選びそうになる自分がいました。
それは安心感のある選択でもあります。
でも同時に、
思考を止めてしまっている感覚もありました。


常識は、確かに役に立ちます。
多くの人が経験を通して積み上げてきた知恵でもある。
ただ、それがそのまま真理かというと、
必ずしもそうではない。
状況が変われば、前提も変わる。
最近は、そう感じる場面が増えてきました。

あるとき、
周囲では当たり前とされている考え方に、
小さな違和感を覚えたことがあります。
最初は気のせいだと思いました。
でも、その違和感が頭から離れなかった。
そこで、別の角度から情報を探してみました。
すると、それまで見えていなかった視点が、少しずつ見えてきた。


その経験から、
情報収集とは、ただ集めることではなく、
「どこから」「誰から」得るかが大切なのだと思うようになりました。
同じテーマでも、
立場が違えば見え方は変わる。
現場に近い人の言葉と、
少し距離のある人の意見。
どちらが正しいという話ではなく、
その違いを知ること自体に意味がある。
今は、そう考えています。

チームの中で出てくる意見も、
とても大事な情報源です。
必ずしも整理された言葉ではないかもしれない。
感情が混ざっていることもある。
それでも、
そこには現場でしか見えない事実が含まれている。
耳を傾ける価値は、十分にあると思っています。


情報を見極めるというのは、
正解を探すことではないのかもしれません。
むしろ、
「今の自分たちに合っているかどうか」を考える作業に近い。
そのためには、
一つの情報源に頼りすぎないこと。
そして、
自分の中にある前提を疑ってみること。
その両方が必要なのだと思います。

正直に言うと、
判断に迷うことは今でもあります。
どの情報を信じるべきか分からなくなることもある。
それでも、
「みんなが言っているから」という理由だけで
決めないようにはなりました。
少なくとも、
自分なりに考えた上で選ぶようにはなった。
その変化は、大きいと感じています。


私が情報収集力を大切にしたいと思う理由は、
賢くなりたいからではありません。
間違えないためでもない。
納得して決めたいからです。
その判断が、誰かに影響を与えるものであればなおさら、
自分の頭で考えた形で選びたい。
そう思っています。

常識は便利ですが、
それに頼りきってしまうと、
変化に気づけなくなることもある。
情報が多い時代だからこそ、
集める力以上に、見極める力が問われている。
今は、そんなふうに感じています。

これからも、
迷いながら、立ち止まりながら、
いろいろな声に耳を傾けていくと思います。
その中で、
自分なりに信頼できる情報を選び取る。
それが、私にとっての情報収集なのかもしれません。


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